ヤンマーの舶用水素燃料電池が、国内での実船導入から世界市場へ向けて大きく前進した。
ヤンマーホールディングスは2026年9月4日、グループ会社のヤンマーパワーソリューションが開発する舶用水素燃料電池システム「GH-FCシリーズ」が、国際的な船級協会DNVから型式承認(Type Approval)を取得したと発表した。
GH-FCシリーズは、水素と酸素の電気化学反応によって発電する船舶向け燃料電池システム。
運転時にCO2を排出せず、80kW・160kW・240kW・320kWの出力に対応するモジュール構造を採用している。
今回のニュースで注目したいのは、単に「国際認証を一つ取得した」という点ではない。
ヤンマーは2015年から水素燃料電池技術の開発を進め、2023年には舶用システムを商用化。
その後、旅客船「HANARIA」、東京都の業務艇、養殖給餌漁船「ZERO-E黒瀬」など実際の船舶へ採用範囲を広げ、2025年にはDNVの概念承認(AiP)取得とオーストラリアでの海外航行試験まで進めてきた。
そして2026年9月、GH-FCシリーズとしてDNV型式承認を取得。
ヤンマーが以前から目標としていた「国内での実績を基盤とした本格的な海外展開」が、いよいよ具体的な段階へ進み始めた。
DNV型式承認とは? 海外展開で重要になる理由
DNVは、船舶や海洋設備などの安全性・信頼性を評価する世界的な船級協会の一つだ。
今回の型式承認によって、GH-FCシリーズがDNVの規則やガイドラインに適合する製品であることが確認された。
ヤンマーは、この承認によって造船所やシステムインテグレーター、船舶運航会社などがGH-FCシリーズを採用する際の信頼性を高め、将来のプロジェクトにおける認証負担の軽減にもつながるとしている。
ただし、DNV型式承認を取得したからといって「どんな船でもそのまま搭載でき、個別の審査がすべて不要になる」という意味ではない。
船全体の設計や燃料電池の搭載方法、安全設備などについては、個別プロジェクトごとに必要な確認が残る。
それでも、機器そのものについて国際的な船級協会からあらかじめ型式承認を取得している意味は大きい。
海外の造船所や船主が新しい水素燃料電池を検討する際、一から製品の安全性や規則適合性を確認するのと、DNV型式承認済みのシステムを採用するのとでは導入のハードルが変わってくる。
今回の認証は、GH-FCシリーズを「実証技術」から「世界市場へ展開する商用製品」へ近づける重要なステップといえる。
2025年のAiPから型式承認へ
ヤンマーとDNVの取り組みは今回が初めてではない。
2025年4月には、舶用水素燃料電池システム「GH320FC」がDNVからApproval in Principle(AiP:概念承認)を取得している。
AiPは、新しい技術や設計コンセプトについて基本設計や安全面を審査し、実用化を妨げる重大な問題がないことを確認するものだ。
そして今回取得したのは、製品シリーズに対するType Approval(型式承認)。
流れを整理すると、
2025年4月
GH320FCがDNVのAiPを取得
↓
2025年11月
オーストラリアでヤンマー初となる海外での水素燃料電池船航行試験
↓
国内の複数船舶で採用・運用実績を蓄積
↓
2026年9月
GH-FCシリーズがDNV型式承認を取得
となる。
ヤンマーは2026年に公開した技術者インタビューでも、「2026年中に欧州の認証機関から型式承認を取得し、そこから本格的な海外展開を始める」という目標を明らかにしていた。
今回のDNV型式承認は、その計画が予定していた重要な節目へ到達したことになる。
80~320kWまで対応するモジュール構造
GH-FCシリーズは、船舶向けに専用設計された水素燃料電池システムだ。
水素と酸素を電気化学反応させて電気を作るため、運転時にCO2を排出しない。
用意されている出力は、
・80kW
・160kW
・240kW
・320kW
の4種類。
船の大きさや用途、必要な電力に応じて柔軟にシステムを構成できるモジュール構造となっている。
ここは船舶向けでは重要なポイントだ。
港内を航行する小型作業船と、多数の乗客を乗せる旅客船では必要となる電力が大きく異なる。
決まった一つの出力だけではなく、船種や運航形態に合わせて構成できることで、幅広い用途へ展開しやすくなる。
実際、現在の採用事例を見ると、旅客船から行政の業務艇、養殖作業船、クルーズ船まで船種が大きく異なっている。
「HANARIA」はすでに営業運航
代表的な実例が、旅客船「HANARIA」だ。
HANARIAは2024年4月に福岡県北九州市で営業運航を開始した。
水素燃料電池、リチウムイオンバッテリー、バイオディーゼル燃料を組み合わせ、運航状況に応じて推進エネルギーを切り替えられるハイブリッド旅客船だ。
従来の化石燃料を使用する同クラスの船舶と比較して、GHG排出量を53~100%削減できるとしている。
ヤンマーの水素燃料電池システム「GH240FC」は240kW×2台が搭載された。
重要なのは、水素燃料電池を搭載した実験船で終わっていないことだ。
実際に乗客を乗せ、営業運航を続けている。
船舶用機器には、振動や潮風をはじめとした厳しい環境下で長期間使用できる信頼性が求められる。
国内でこうした実運航の経験を積んでいることは、海外市場へ展開する際にも大きな強みになる。
東京都では水素燃料電池船を実務へ投入
東京都でもGH-FCシリーズを搭載した水素燃料電池船が実用化されている。
「東京みらい丸」と「つきじZERO」だ。
東京都によると、行政機関が水素燃料電池船を実用化した国内初の事例となる。
中でも「東京みらい丸」は通常業務だけではなく、災害発生時には人員や救援物資の輸送にも活用する計画だ。
水素燃料電池は運転時のCO2削減に加え、電動化によって静かに航行できる特徴もある。
都市部や港湾周辺で使用される業務艇では、こうした特性もメリットになる。
旅客船だけではなく、行政が実際の業務で使う船まで採用範囲が広がっている点は興味深い。
養殖現場では「ZERO-E黒瀬」を実証
さらに、水産業にも展開している。
黒瀬水産の養殖給餌漁船「ZERO-E黒瀬」には、水素燃料電池とリチウムイオン電池を搭載。
実際の養殖現場で給餌作業を行いながら、システムの有効性を検証した。
水素は約16kgを充填でき、この容量で約2日間の業務稼働を見込んでいる。
水素燃料電池船が普及するためには、「水素で船を動かせる」という技術実証だけでは足りない。
実際の仕事で毎日使えるのか。
作業時間や航続距離は足りるのか。
充填や運用は現場で成立するのか。
そうした実用面の検証が不可欠になる。
ZERO-E黒瀬は、研究開発から一歩進み、実際の養殖業務の中で水素燃料電池を評価する事例といえる。
次は日本郵船の新造クルーズ船「AMANE」
さらに大型の採用事例も控えている。
日本郵船グループが東京湾で運航予定の新造クルーズ船「AMANE(海音)」だ。
現在運航されている「LADY CRYSTAL」の後継船として建造が進められており、2027年春の就航が予定されている。
AMANEにもヤンマーパワーソリューションの舶用水素燃料電池システムを採用。
さらに水素貯蔵にはトヨタ自動車の水素貯蔵モジュールを使用し、ENEOSも水素供給に関わる。
つまり、
ヤンマー
→ 水素燃料電池システム
トヨタ自動車
→ 水素貯蔵モジュール
ENEOS
→ 水素供給
日本郵船
→ 船舶運航
という複数企業の技術・インフラを組み合わせて水素船を成立させる。
水素を利用する機械は、燃料電池だけ開発しても社会実装できない。
水素の製造、運搬、貯蔵、充填、船への搭載、運航まで含めた仕組みが必要になる。
AMANEは、水素船を普及させるために必要な「システム全体」を見るうえでも興味深いプロジェクトだ。
オーストラリアでは海外初の航行試験
ヤンマーは国内だけではなく、すでに海外での実証にも動いている。
2025年11月には、オーストラリア・クイーンズランド州ブリスベンで、ヤンマーとして初となる海外での水素燃料電池船の航行試験を実施した。
オーストラリアの再生可能エネルギーから製造したグリーン水素と、日本の水素燃料電池技術を組み合わせたプロジェクトだった。
国内で実績を積む。
海外で実際に船を走らせる。
国際的な船級協会から型式承認を取得する。
ヤンマーが本格的な海外展開へ向け、段階を踏んで準備を進めてきたことが分かる。
水素船普及の本当の課題は「船の外」にもある
一方で、DNV型式承認を取得したからといって、水素燃料船が一気に普及するわけではない。
大きな課題の一つが水素供給インフラだ。
船が寄港する場所で、
どのように水素を製造するのか。
どのように運ぶのか。
どこへ貯蔵するのか。
どのように安全に船へ充填するのか。
こうした設備や供給網まで整わなければ、優れた燃料電池システムがあっても継続的な運航は難しい。
また、水素燃料電池そのものは運転時にCO2を排出しないが、水素を作る段階まで含めた環境負荷は製造方法によって大きく変わる。
再生可能エネルギーから製造するグリーン水素など、低炭素な水素を安定して確保できるかも重要だ。
燃料電池という「船の中」の技術だけではなく、燃料供給という「船の外」のインフラを同時に整えられるか。
ここが、水素船を本当に普及させるうえで次の大きなテーマになりそうだ。
「実証技術」から「世界で売る製品」へ
水素燃料電池船というと、まだ未来の技術という印象も強い。
しかしヤンマーの歩みを追うと、その段階は少しずつ変わってきている。
2015年
水素燃料電池技術の開発を開始
↓
2023年
舶用水素燃料電池システムを商用化
↓
2024年
HANARIAが営業運航開始
↓
2025年
DNVのAiP取得、オーストラリアで海外航行試験
↓
国内で業務艇・養殖作業船など採用範囲を拡大
↓
2026年9月
GH-FCシリーズがDNV型式承認を取得
↓
2027年春
日本郵船「AMANE」が就航予定
実験室の技術から実船へ。
実証船から営業・業務運航へ。
そして国内市場から海外市場へ。
今回のDNV型式承認は、ヤンマーの舶用水素燃料電池が「技術を試す段階」から「世界で使われる製品を目指す段階」へ移っていることを示す象徴的なニュースといえそうだ。
もちろん、水素供給インフラや低炭素水素の確保など、普及へ向けた課題はまだ多い。
それでも、実際の船で運用実績を積みながら国際的な型式承認まで取得した意味は大きい。
今後、欧州をはじめ海外でGH-FCシリーズを搭載した船が登場するのか。
そして水素燃料電池が、船舶脱炭素化における一つの現実的な選択肢としてどこまで定着するのか。
ヤンマーの次の一手に注目したい。
参考・出典
ヤンマー「ヤンマーの舶用水素燃料電池システムがDNV型式承認を取得」(2026年9月4日)
Yanmar「Yanmar’s Maritime Hydrogen Fuel Cell System Achieves DNV Type Approval」(2026年9月4日)
ヤンマー「CO2排出ゼロ社会の実現に向けて『今』を積み重ねる。ヤンマー技術者が語る『舶用水素燃料電池システム』の現在と未来」
ヤンマー「舶用水素燃料電池システムを国内初の水素・バイオ燃料のハイブリッド旅客船向けに初出荷」(2023年10月26日)
HANARIA「水素とバイオディーゼルを活用したハイブリッド旅客船『HANARIA』が営業開始」(2024年4月10日)
東京都「Visit to Hydrogen Fuel-Cell Vessels, ‘Tokyo Mirai Maru’ and ‘Tsukiji ZERO’」
黒瀬水産「水素燃料電池漁船『ZERO-E黒瀬』をお披露目しました」(2025年11月4日)
Yanmar「Yanmar Maritime Hydrogen Fuel Cell System Selected for New Dining Cruise Ship」(2026年6月15日)


